『月華』 ~ ある無限製作者の奔放な庭園

AIに正解はあるのか?

今日もちょっと真面目な話をしてみます。
相変わらずの持論全開なので、これはあくまで私がどう考えているかと言うことで、
他人に押し付けるつもりは無いですが、こういう考え方もあるんだなと思って、
読んでみて欲しいなと思います。

ん・・・誰もそんなの期待してないって? 早くキャラを完成させろって?
そういわれてしまうと反論のしようも無いですが、
まぁ自分のブログなんで好きなこと書いちゃいますよ( ゚Д゚)



今日の題材は、「AIの仕様に正解はあるのか?」と言うことについてです。
私ごときがAIについて語るなといわれそうですが、
優れたAIの作り方を話をするわけではなく、そのあり方がいか様なものかという事を考察してみました。

まず、自分のことから話をさせてもらうと、
私は基本的に自分でプレイするのが大好きだったので、
AIというのは、対戦してそこそこ歯ごたえがあり、かつ人操作で勝てるレベルのものならば、
何でも良いやという程度に考えていました。

しかし、watch戦の概念を知り、AI同士の対戦も見るようになってくると、
良いAI同士の対戦は、見ていて面白く、ある種うまいプレイヤー同士の対戦を見て楽しむのと同様であると、
そう気がつかされ、mugenの別の楽しみかたとして、AIの重要性を認識するにいたりました。

そこで、それならばと自分もAIの能力を上げることをはじめてみた所、
ある所までは、普通に楽しく感じていたのですが、
あるところを越えたあたりから、楽しいのは楽しいが、何か違和感を感じるようになりました。
それが、何であったのか考えているうちに、自分なりに一つの結論が見えてきた気がしています。
(もっとも、AIの完成度とか、質に関しての部位はまだまだ今100歩位ですが・・・(-_-;))


前置きはここまでにして、AIを作りこむということは、大きく分けて2方向の特性があると思っています。
それは、品質の高上と性質の付加、この2つに大別されると思っています。

品質の向上とは、キャラの特性を生かし、一つ一つの行動の精度を上げるかということだと思います。
高起動なキャラは、その機動力を生かし自分の得意な状況を作り出す立ち回りを考え、
遠距離戦に定評のあるキャラは、遠距離戦をうまく行うための起動や弾幕の張り方を考え、
近接戦からの高火力が得意なキャラは、如何に得意な近接戦に持ち込み、必殺の一撃を当てるかを考える。
そして、的確なガードを出来るようにし、連続技の精度、固め方・崩し方の巧みさなどを向上させていく。

このような、基本的な性能を如何にうまく扱えるかという点を突き詰めていくと、
行動の無駄が減り、行動に必然性が増えていき、キャラの特徴が明瞭になり、洗練されて見えます。
この方向への進化は、それが出来ていないものと比べて、品質の向上が得られていると言え、
見ている誰もが単純に良いなと感じやすいところです。

この品質の高上という点を縦軸に取ると、
それとはまた別の横軸として、性質と言うものがあると思っています。
性質と言うのは、目的と言い換えても良いと思います。
対AIに勝つことを目的とするのか、人と対戦することを目的にするのか、それともネタに走るのか。

品質の高上という、誰もが低品質よりも高品質の方を心地よく感じやすいとうのとは異なり、
性質と言うものは、人によってそれを心地よく感じるか、不快と感じるかが分かれてしまう点だと思います。
冒頭に述べた、自分が感じたなんとも言えない違和感は、ここに起因していました。
つまり、当初は品質を向上させることで、作りこむに従い、強さと楽しさが正比例していたのですが、
ある点を越えた時からは、強くはなるが、自分としてそんなに楽しさが感じられなくなったのです。
それは、勝つ事だけに拘った作りに走った結果でした。
自分の場合は、極端に牽制なども振らなくし、超反応弾きと投げのみを狙うようにしたものを作った事があるのですが、
強いことは勿論強かったのですが、少なくとも自分でこのAIを相手に戦って楽しいとは、思えないようになりました。

ここで勘違いしないで欲しいのは、このような極端に強さを求めたスタイルが間違いであると言いたいのではありません。
これも、正当な進化の終着点ではあると思いますし、それをより望む人も沢山いらっしゃると思います。
勝つことを極めたスタイルと言うのも、また究極であると思っています。
ただ、極端な性質は好き嫌いがはっきり出易いため、私のようにあまり好まない人が出る可能性は高くなるが、
一方で好きな人からは極めて高い評価を受けることが出来るのも事実です。


良い例えがなかなか思い浮かばなかったのですが、
料理で例えるとするならば、品質の向上は文字通りより良質な料理を完成させることで、
性質の付加と言うのは、味付けをどのような風味にするかと言うことだと思います。
万人受けするスタンダードな味にするか、
一部の人にしか支持はされにくいが、一部の人には熱狂的な支持が得られる激辛料理にするか、
はたまた珍味にするか、という事と似ていると思います。

例えば、同じ肉料理を出されたとして、同じような味付けであるなら、
より良い質の肉を適切な火加減で調理したものの方が、質の悪い肉を黒焦げにしたものより、
誰でも素直においしいと感じるはずですよね。
これが、品質の向上です。

一方で、この味付けを万人向けなスタンダードな味付けにするのか、激辛料理にするかという点では、
人によって、どうしても好き嫌いは出てしまうでしょう?
スタンダードなものは、万人に受け入れやすく、良いと感じる人の数は最大にはなりやすいですが、
特別熱狂的なファンを獲得することは、特徴的な味付けの方が向いていると言うことです。

これは言い換えれば、「正解など無い」と言うことにも通ずると思っています。
料理の味に正解がないように、AIの味付けにも正解など無いと思います。
自分が不快だと感じるからといって、その味付けを好ましいと思う人だっているはずなのです。
ただ、感じ方の人数に、味わいによって差があると言うだけなのだと思います。

なので、超反応AIで勝つことのみを主眼として製作されたAIと、スタンダードなAIの戦いで、
前者が勝利したからと言って、それを酷いとか糞だとか言うのは、私は的外れな意見なんだと思います。
例えるなら、激辛料理王決定戦に、激辛料理とスタンダードで旨い料理を比べれば前者が勝つでしょう?
でもそれは同時に、激辛料理は激辛料理王決定戦という土俵で勝利するために、
一部の人以外の支持を得ることを諦めた結果ともいえるわけです。
(極論を言えば、ガン待ちで、超反応で無敵技とブロで切り返し、何もしなかったら0F投げを行うようなAIと、
 人操作で勝負しても、楽しいと感じる人は少ないでしょう。その位のほうが遣り甲斐があると言う人は少数派だと思います。)
別の土俵での権利をある程度諦めた結果とも言えるわけで、
一つの局面だけをみて、どうこう言うのではなく、お互いの良いところを見て、それぞれに評価をすれば良いのだと思います。

「強さ」と言う言葉で語るなら、強さを求めると言うことは、まずは品質の高上あってこそなので、
強さを求めると言うことは、基本的には誰からも評価される点だと思います。
そういう点で、強さを求めること自体は、間違いなく正解ではあると言えます。
ただ、「強さだけ」を求めるようになると、品質だけではなく、性質も特化する必要が出てくるため、
誰にとっても諒解できるという種類のものではなくなり、
万人受けはし難くなるが、一部の固定ファンを獲得しやすくなると言うことだと思います。


長々と書いてきましたが、自分なりの結論をまとめるとこういうことです。

1.品質は高ければ高いほどいい。出来る限り高みを目指していきたい。
2.性質には決まった正解などない。好き嫌いが分かれるところだが、スタンダードにはスタンダード、特化には特化の味がある。

何事に関しても思うのですが、まず否定から入るのではなく、各々の良いところや悪いところを熟慮し、
味わっていくと良いんだろうなと思います。
皆さんは、如何思われますか?


ちなみに、コレは思いっきり蛇足ですが、私は1.に関しては、やっと山の麓にたどり着いた程度です。
山頂はまだまだ遠い・・・(;´д⊂)

  1. 2008/10/22(水) 00:49:08|
  2. AIなど各種考察関係
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